昔の失敗のせいで今も不幸だ パート2

さてさて、前回の記事では
今を幸福にしてしまえば
過去の不幸は気にならなくなる

なんて書いてしまいましたが

幸福になるのなんて
「言うは易く行うは難し」
だよ、と思っちゃいました?
 
 
「幸福」の定義は
人それぞれかもしれませんけど

とりあえず
幸福な状態とは・・・・・・

心に不安や恐怖がなく満たされている
そして落ち着いた状態で周りの方々への
感謝の気持ちが湧いてくる

私なりに、こう定義してみました
いかがでしょう?
 
 
それを↑前提に言わせていただきます

「これさえ手に入れば自分は幸福だ」
とか
「あれがないと幸福にはなれない」
とかの

外部の条件を自分の幸福に
紐づけるのはよろしくない、と思います

それは、例えば

給料が50万以上はないと
幸福を感じられない

とか

夫が私を愛して愛して
愛し抜いてくれないと
幸福を感じられない

とか

子供が自分の望む学校に進学しないと
幸福を感じられない

とかの類です
 
 
どうして、これがヨロシクナイのか?
ですけど

幸福とはあくまで
自分一人の心の問題のはずです
主観のはずです

なのに、それをコントロールが難しい
外部の条件に連結させてしまうと
幸福になるのが
超難しくなるじゃないですか

外の条件なんて関係なく幸せを
感じられるようでないと
外部環境によって
幸福になったり不幸になったり、と
コロコロ幸不幸が変わってしまいます

果たしてそんな状態で
幸福と呼べるでしょうか?

でも現実には、そんな人
すごく多いですよね

お金がタップリある時は幸福だけど
そうでなくなったとたんに
不幸を強く感じ自死を考える、とか

夫婦仲が良い間は幸福だけど
仲たがいしてしまい
不幸のドン底、とか

クラス一の秀才と呼ばれてた自分が
進学校に入学したとたん
普通の凡人に成り下がり
不幸真っただ中、とか

これらは、よくある話ですけど
幸不幸の基準を自分の外に
置いてしまってるから
そうなるんですよ

再度書きますけど
幸福とは自分一人の心の問題です

どんな環境だろうと
幸福は感じられるものです

同じ環境であっても
幸福を感じる人がいれば
不幸を感じる人もいるように

あくまで主観だと思うんです
 
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